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2011.12.31 2011年
2011年もあとすこしで終わりです。
誰が必要としているかはわかりませんが、この1年間をざっと振り返らせてください。

1月
アジアカップの優勝と香川真司の右足第五中足骨骨折。
カタール戦でようやく調子を掴んだと思った矢先の負傷離脱。
日本の勝利を心から喜びきれない自分がいました。

2月
香川さんリハビリ。ドルトムント勝ちきれない。
私は渡欧に向けてのバイトの日々。

3月
ドイツへと渡る。が香川さんはおらず。素晴らしい時間を下さったSさん、Nさん他ご協力下さった皆さんにたくさんの感謝。
帰国した直後の震災。被災された方々に今一度お見舞い申し上げます。
香川さんら海外からのメッセージに涙。
チャリティーマッチのキングカズゴール。
立ち上がり前を向く日本の強さを感じた。

4月
Jリーグ再開。川崎VS仙台に立ち会う。あの日のスタジアムのことを忘れない。
ドルトムント優勝決定。ケヴィン坊主に。

5月
香川真司最終節で復帰。ピッチに入った瞬間に思わず涙。
待望のマイスターシャーレ授与式。優勝パレード。
ドルトムントVS日本選抜のチャリティーマッチ。
セレッソはACLラウンド16大阪ダービーでの勝利。これは熱かった。

6月
キリンカップチェコ戦を見に行く。が香川さんおらず。
香川さん渡欧。

7月
ドルトムントキャンプ開始。香川さんも着実に結果を残す。
Liga Total優勝。スーパーカップでのダービーではまたもうっちーとの対決ならず。
乾貴士ボーフム移籍決定。笑顔と涙のラストマッチ。乾らしい。

8月
個人的セレッソ月間。この月だけで3試合行きました。長居で見たダービーは別格。
日本代表韓国相手に完勝。香川真司2ゴールの活躍。キヨの台頭。
しかしブンデスでは一転して苦闘の香川さん。
そして松田選手の急逝。びっくりしたし、今でもまだ信じられない。直後のJの試合で黙とうを行った。

9月
香川真司初のCL出場。依然として苦しい試合が続く。
セレッソのACL敗退。
今思うと厳しい月だったのか。

10月
W杯アジア3次予選突破決定。タジク戦は2ゴール。
ブンデスでも日本人対決が続く。しかしベンチを温めることも。
このころは試合が多くて週2での試合が続いていた。

11月
ブンデス日本人対決が続く。香川さんも調子を取り戻すが、大事なダービーでは途中出場。
ドルトムント自体は順位を徐々に上げていった。
アーセナル戦でのCL初ゴールも勝利には結びつかず。

12月
ドルトムントは2位で前半戦を終える。今季のブンデスは熱い。
Jリーグは柏が昇格後即優勝の偉業を達成。セレッソは12位でのフィニッシュ。
Jリーグアウォーズでのキヨのベストイレブン。
セレッソはレヴィーの退任が決まる。国立まで行きたかったが天皇杯ベスト4。
CWC生メッシに興奮。横浜での目撃談の多さw
香川さんやりたい放題のJPFAチャリティーマッチ。たくさんの笑いをありがとう。


ドイツ旅行に関しては以前その記事でも書きましたが、本当にこのブログをやっていたからこそ行けたと思うし、本当にたくさんの方々にお世話になりました。香川選手の骨折は残念でしたが、楽しい時間をありがとうございました。

香川選手に関しても、ブンデスリーガ優勝を経験した一方で、骨折から始まりスランプのような時期もあり、苦しい1年だったと思います。
「サッカーの神様はそれを乗り越えられる人にしか試練は与えない。」
香川選手に対して自分には何ができるかと考えたら、ここを通じて香川選手を応援していくことしかなかったです。笑
今季もここまで4ゴール5アシストと悪くはないと思います。(←ご指摘ありがとうございます。訂正しました)
ただ後半戦はこれ以上の活躍をやはり期待してしまいますね。出来ると信じているからこその期待です。楽しみにしています。


本当に今年は震災や洪水など悲しい出来事がたくさんありました。
正直ここを更新しつづけていいものかと思った時期もありました。
しかし、仙台のある方からここを見て元気をもらっているというコメントを頂き、今まで以上にしっかりと気合を入れて更新していこうと思いました。
いつもいつもここを見てくださる方、コメント・拍手コメをくださる方ありがとうございます。
香川選手の活躍とともに、皆さんの応援があるからこそ私も頑張れます。

2011年、本当にありがとうございました。            あーまとまらなかったー
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今年も早いものであと数時間で終わりですね。
スカパーで放送された 海を渡ったサムライたちの熱き想い の動画がニコ動にあったのでご紹介します。
スカパー難民なのでうれしい♪
さっき紹介した日経の記事とも関連してますね。




ついでにニコニコ動画の
2011年のサッカー界を振り返る動画をいくつか紹介しようと思います。

【サッカー日本代表】 被災地へ届け、日本魂!!


【サッカー】2011Jリーグ総集編【タマシイレボリューション】

みなさん温かいコメントありがとうございました。
頑張って更新してよかったー。
では香川さん関連記事です。

◇スポーツ報知
ソアレス新監督、長期政権も…C大阪
(抜粋)
 C大阪は30日、来季の新監督にブラジル人のセルジオ・ソアレス氏(44)が就任すると発表した。
 日本代表MF香川、清武らを育てたレヴィー・クルピ監督(58)が今季限りで退任したC大阪は、同監督が築いたスタイルを継承できる人物を条件に後任を探していた。


◇Goal.com
Goal.comアジアカウントダウンto2012:日本 試練を乗り越え、成功をつかむ
(抜粋)
国外でプレーする選手
 2011-12シーズン前半戦には多くの選手が苦しんだが、年初から考えれば欧州でプレーする選手の多くには記念となる1年だった。長友佑都(インテル)、香川真司(ドルトムント)、内田篤人(シャルケ)、本田圭佑(CSKAモスクワ)と、実に4人の選手がタイトルを獲得しているのだ。
夏には、大きな移籍もあった。G大阪の期待の若手の宇佐美貴史が、ブンデスリーガの名門バイエルン・ミュンヘンへと加わったのだ。アーセナルFW宮市亮も、リーグカップでイングランドデビューを果たしている。


◇日本経済新聞
長友復調…私が欧州でしたアドバイス サッカーコーチング(城福浩)
(抜粋)
 12月3日のJリーグ最終節で柏の劇的なJ1優勝を見届けた後、スカパーの仕事で私は欧州へと旅立った。5日朝の月曜日に成田を発ち、火曜日(6日)にドイツでUEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)のドルトムント対マルセイユ戦、水曜日(7日)にイタリアでインテル・ミラノ対CSKAモスクワ戦を取材し、試合後のフラッシュインタビューではドルトムントの香川真司、インテルの長友佑都の聞き手を務めた。8日朝にミラノを発ち、9日の金曜日に成田に戻る強行軍だったが、いろいろと考え込まされる弾丸取材となった。

■ドルトムントもインテルも敗戦
 試合の方はドルトムント、インテルともに敗れた。それでもインテルは3勝1分け2敗の勝ち点10でB組を首位通過したのに対し、ドルトムントは1勝1分け4敗のF組最下位で1次リーグを突破できなかった。昨季のドイツリーグ王者の早期敗退は、選手にとってもサポーターにとってもショッキングな出来事といえるだろう。
 負けた試合の後の選手へのインタビューは、話す側にとっても聞く側にとっても決して気分のいいものではない。ただ、欧州で活躍するような選手たちは感情をコントロールする術をそれなりに身につけているから、生々しいものが外に向かって噴き出ることはあまりない。
 逆にいえば、公衆の面前ともいえるテレビカメラの前では選手からはありきたりというか、当たり障りのない返事しか返ってこないものである。

■インタビュー後、香川の方から…
 6日夜の敗戦後の香川のインタビューもそういう流れだった。ところが、中継のインタビューの持ち時間が終わり、マイクを東京のスタジオに返すと、香川の方から私に「城福さん、今日の僕のプレー、どう思いましたか」と尋ねてきたのである。
 これには私も、そしてその場にいた日本人の中継スタッフも少なからず驚いた。香川の口調に真剣を通り越して「深刻」といったニュアンスがにじみ出ていたからだ。
 この日の香川は先発から外れ、交代枠最後のカードとして後半途中から出てきた。その使われ方が示すように、試合の中でも有効な動きを見せることはできなかった。その問いに対する私の回答、それを聞いた香川のリアクションをここで明らかにすることはマナー違反だろうから差し控えたい。
 一つだけ述べることを許されるなら、私はその香川の表情の中に欧州のトップレベルの戦いに身を置く22歳の青年の苦悩を、まざまざと見た気がしたのだった。

■期待外れと思われた時のバッシング
 その苦悩は日本にいるわれわれにはなかなか想像がつかないレベルにある。香川ならホームゲームのたびに8万人を越す観衆に囲まれて試合をする。トップ下はゴールを決めるか、ゴールに絡む仕事をしないと、監督もサポーターも評価しないポジションである。得点が取れずに負けると、責任が重くのしかかる。

■シャヒンがいなくなった影響
 私に言わせれば、今季の香川の開幕当初の停滞は香川本人の問題というより、トルコ代表のシャヒンというボランチをレアル・マドリードに売り払ったことが強く影響している。
 日本代表に来るとボランチには遠藤保仁(G大阪)らがいて、いいパスがいいタイミングで入ってくるから、香川も前を向いて本来の力を発揮できる。ドルトムントにはそういう配球役がいないから、バイタルエリアで香川が一瞬フリーになってもなかなかパスが出てこない。
 日本的な感覚なら、監督は「真司がここでも、あそこでもフリーになっている。こういうときになぜ、周りからパスが出ない?」と、むしろ周りの注意を喚起するところだが、ドイツではそういう感覚はおそらくないのだろう。誰かのために、ほかの誰かのプレースタイルを変えさせるようなアプローチはしないのだろう。

■自分で乗り越えるしかない
 監督は「去年を思い出せ」「もっと裏を突け」「積極的にシュートを打っていけ」といった程度の助言をするだけなのだろうと思う。それでは悩める選手の胸には響かないし、選手は結局、この壁は自分で乗り越えるしかないと悟ることになる。
 そこで自分の力ではい上がれる選手はいいが、はい上がれない選手は先発から外され、次のできそうな候補者が使われる。実際、そうやってシャヒンの後釜と思われたギュンドガンは先発であまり使われなくなった。
 そういう厳しさを目の当たりにすれば、去年いっぱいため込んだ“貯金”が、どんどん減り、底をついていくような感覚に香川が襲われても不思議はない。
 私はそういう彼我の差を「日本の方がかゆいところに手が届く指導だ」と誇っているわけではない。ただ、ひたすら、環境が違う、と言いたいだけなのだ。
 それぞれの環境の中で、はぐくまれる指導者の資質もあれば、どう逆立ちしても身につかない資質もある。日本にいる私には「これだけの選手しかいない。何とかしてくれ」という発注に応える自信がある。欧州に対するコンプレックスもない。

■生存競争の厳しさ
 日本はその点がどうもごちゃまぜになっている気がする。チームに対する忠誠心も仕事に対するプロフェッショナリズムも混然一体となっていて、チームの浮沈とともに自分のメンタルも大きく揺れ動く。
 チームの成績が落ちると個々のプレーも精彩を欠く。逆にチームとの一体感に包まれると、とてつもない高みにまで上り詰めることができる。どちらにもそれぞれの良さと悪さがある。
 ドイツとイタリアで2人の日本選手を通して垣間見たのは、彼の地でのプロの生存競争の厳しさだった。香川も長友も「たぶん、半年後はこのチームにいられないんじゃないか」というくらいの危機感に襲われた。

■乗り越えるとどんどんたくましく
 香川も明らかに復調の気配がある。そこに身を置く緊張感、危機感は半端ではない分、乗り越えるとどんどんたくましくなっていくのだろう。
 そんな彼らに拮抗できる自分であり続けたい。私も、熱い気持ちになった。

抜粋したけどまとまんなかった…orz
2011年元日/神戸
故郷神戸出迎えた新年。
(自宅玄関 白Tシャツ+黒地に赤ラインのアディダスジャージ)
香川 「おはようございます」
スタッフ 「おはようございます。」
香川 「どうぞ」
スタッフ 「すいません新年早々」
香川 「はい。めっちゃ汚いですけど、家が狭いんで」
(リビングでくつろぐ)
香川 「違う、NHK?」
実家のテレビで天皇杯を見るのが元日の恒例行事だ。

母 広美さん 父 啓一さん(香川さんが履いているジャージの上を着ているんだけど。親子でシェア?)
(TVを見つつサインする香川さん)
もうすぐアジアカップ。
周囲の注目は増している。
今年は親戚や知人から今まで以上にたくさんのサインを頼まれた。
(みやぎバルセロナ時代、セレッソ入団、ラストマッチ、世代別代表、ドルトムントでの写真が飾られている)
これまで日本代表では思うような結果を残せなかった。
今回は自分なりに覚悟を決めている。

(車内)
香川 「代表行ったらすごいよそ行きのサッカーしたりして。なんか自分を出しきれてない自分がいたので常に。常になんか安牌というかね、ミスを恐れていたんで。すっごいそれは今はすごい…はい。まぁそれは自分のその時の一番の弱さだったのかなと。インパクトがある結果を残せたら。やっぱそのためにチャンスを伺うというか、常に」


1月21日アジアカップ準々決勝 日本VSカタール
そして迎えたアジアカップ。
戦う足が日本の窮地を救った。
だが…
(香川真司骨折の記事)

昨日/東京
香川 「いろんな可能性を失ったのは事実なんで。ただいろんなことを教えてくれて、成長させてくれるスポーツかと思うんで。そうやって自分をあの励まして」
(携帯をいじる香川さん)
香川 「いやー怪我をしている自分に対して… お!カズさんからメールを頂きました」
スタッフ 「なんて?」
香川 「よう言えないっす。笑 すごい嬉しいっすね。びっくりしたわ」

(松葉づえで去っていく香川さん)
香川 「ありがとうございました」
噛み締めた悔しさがきっとまた未来につながる。

おしまい

**************************************
長くなりましたがお付き合いいただきありがとうございました。
久々に見て香川さんに惚れ直しました。笑
(再び雪のドルトムント市街を歩く香川さん。淳平さんも一緒)
ドイツでの活躍が香川の未来を変えようとしていた。
ヨーロッパ中のビッグクラブから目をつけられ始めたのだ。
オフィスには代理人が待っていた。
代理人 トーマス・クロート
クロート 「はい、こんにちは」
スタッフ 「こんにちは」
高原や長谷部の移籍も手助けしてきた代理人。
香川の才能をさらに高く売ることが、彼の仕事だ。
(日本のスポーツ紙、マンUやアトレティコなどの香川興味という記事)
このころ複数の有名クラブが香川の獲得に動いていると取りざたされていた。

(レストランにてクロートと淳平さんと食事。カーキの長袖のトレーナー)
半年前に4200万円だった移籍金は今や数十億円とまで言われている。
だが、好条件イコールよい移籍とは限らない。
そのチームにフィットせずに才能をつぶした選手はいくらでもいる。
香川 「こっから次に行くときには相当悩むと思いますけど。移籍するにあたって。うん。この次はやっぱ自分が行きたい国に行って、クラブに行くことが。またその判断を誤らなければ…ですけどね」

(街並みを歩く香川さん)
自分でイメージできるし、自分で判断する。そうやって進んできた。
――12歳単身神戸から仙台へ
(神戸NKSC時代の写真)
人生最初の大きな決断は12歳。
生まれ育った神戸を離れたった1人仙台に移り住んだ。
――FCみやぎバルセロナ
両親のもとを離れてのサッカー留学。
そうまでしたのは、このクラブでこそ自分を磨ける、そう信じたから。
ここではドリブルなどのいわゆる個人技を奨励。
練習時間の大半をそれに割いている。
当時香川ほどとことん練習をする選手はいなかったという。
当時のチームメイト 佐々木俊輔さん
佐々木さん 「あいつにとっての天職がやっぱサッカーだったっていう。すごい良かったなって思ってます。はい、なんかほっとしたんですよ。笑 正直、はい。サッカーダメになったらもう…どうするんだっていう。みんなもそれ思ってたんで」

(みやぎバルセロナ時代の写真)
目指すサッカーのため12歳で下宿暮らし。
時には1日10時間以上もボールを蹴り続けた。
その証が今も足に残っている。

(ホテルにて足を見せてくれる香川さん)
香川 「これはもうね、昔から黒く死んじゃってて爪が。まぁちょっと」
香川 「そうですね、いやどうなんだろう。やっぱボール蹴りすぎたり、昔から。」
香川 「親指はこれ最近踏まれて、それからずっとこの状態です。もう戦う足ですから。これがなきゃ生きていけないですから。 …の割には手入れしてへんなぁって。笑 汚いなぁ」
戦う足に向う傷は絶えない。
2年前には右足を痛めボルトを入れた。
香川 「ああもう全然。ここんところ。こっちは手術してるんですけど一個」
戦うからこそ傷つきもする。
(ホテルにてPCで自分の試合の動画を見る香川さん。上下黒地にゴールドのアディダスジャージ。中は白Tシャツ)
類稀な得点感覚、その秘密はいったいどこにあるのか。
2010年11月7日 ボルシア・ドルトムントVSハノーファー96
香川が最も自分らしいと語るゴールを振り返る。
キーワードがあった。
香川 「あのゴールはもう自分のイメージ通りのゴールというか。ボールを持った時に、もうイメージができていたというか。イメージした通り」
このゴール、香川はシュートまでの間に3つのフェイントを入れている。
1つ目はパスを受ける直前、急ストップし相手DFとの間合いを取る。
次に右に行くと見せかけて左に切り返す。
さらにはシュートを打つフェイント。
パスを受ける直前、湧き上がったイメージに香川は迷わず従った。

スタッフ 「相手はそんなに見てない?」
香川 「見てないですし、自分が切り返した時に食いつくだろうなっていうイメージは常にあるんで。相手がどんどん引っかかっていくのを見るとすごい、なんか自分の空間というか、うんこれ絶対入るなっていう雰囲気はその時は特にしましたね」
スタッフ 「へぇー」
香川 「うん」

※イメージの原点
香川 「いやぁ家になんかちっちゃいボールが置いてあったんで、よく寝室を使って。ね、よくそのJリーガーの選手がやったプレーとか…。だからそこで誰にもわからない感覚だったりっていうのは身につくと思うんで。そんなん教えられて身につくもんじゃないと思ってるんで」


2010年12月5日/スペイン・セビージャ
だが、活躍がいつも勝利を呼ぶとは限らない。
ヨーロッパリーグ ボルシア・ドルトムント 2-2 セビージャ グループリーグ敗退
(荒れるサポーターたち)
この日チームはヨーロッパリーグで予選敗退が決まった。
サポーターは怒りをあらわに警官隊と衝突した。

午前0時 (その日のホテルにて BVBのポロシャツ姿の香川さん)
スタッフ 「なんかすごい部屋だね」
試合終了から2時間、香川の部屋を訪ねた。
香川 「いややっぱ寝れないんで、試合終わった後は大概」
スタッフ 「あそうなんすか」
香川 「まぁやっぱりアドレナリンだったり、興奮状態でなかなか寝付きにくいんで。そういう意味ではなんかボーっとしててもサッカーのことしか考えられない。うん。考えちゃいますね試合の事。まぁ負けた時は特に」
部屋の明かりは明け方まで消えなかった。
(再びFUKUOKAへ 香川さんは水色と黄色のジャンパー)
香川 「こんにちは」
盟友との再会に会話は弾む。
槙野 「日本すげぇぞ今、ねぇ。スポーツ界。遼君の賞金王か香川真司かもう海老蔵だもん」
香川 爆笑
(アイスを食べる香川さん)
槙野 「コミュニケーション取れとる?選手と」
香川 「うん」(頷く)
槙野 「ノリ?」
香川 「うん。ノリと単語と」

香川 「一緒に勝負パンツ見せようよ」
(といいつつ槙野のパンツチェックする香川さん)
槙野 「うん?」
香川 「今日カラフルじゃん」
(おもむろにズボンを脱ぎだす槙野)
槙野 「俺のパンツ見る?本気で」
(あったかそうなグレーとピンクとブルーのタイツ。香川さんの手動モザイク付き)
スタッフ 「ああでもさっき…」
(さらにそれに手をかける槙野)
香川 「ええ!?焦」
(その下に黒い股引的なのをはいていた槙野)
スタッフ 「ああほら」
香川 「え!?お前穿きこんでるやん」
(さらにその下に黒いパンツの槙野)

スタッフ 「♪でのあとは」
(すっと立ち上がる香川真司)
槙野 「お!!」
(ベルトを外し、ピンクのパンツをはいたおしりをさらけ出す香川さん。両腕は腰)
槙野 「お!!」
槙野 「お前いいケツしてんな。マジでほんま」
(といいつつ香川さんのおしりを撫でる。………くっそ槙野くっそぉ!!!香川さん自らおしりパンパン)
香川 「このケツじゃ」
槙野 「そのケツじゃ」
香川 「どのケツや?」
槙野 「海を渡ったこのケツじゃ」
香川 「このケツじゃ」
(ズボンを穿きなおす香川さん)
香川 「それタイツ2枚穿いてたん?」
槙野 「うん」
(雪の降るドルトムント練習場、ケヴィンとなかよく練習)
香川はチームの輪に溶け込んでいた。
ドイツ語はまだよくわからない。
だがピッチの中ではもうボールで会話ができる。
ここまで公式戦10ゴール、仲間からの信頼も厚い。
異国での活躍、秘訣を聞くと、
(車内)
香川 「まぁでもある程度、試合前日からなんかいつもと同じようなリズムで生活はしてますね」
スタッフ 「おー」
香川 「はい。 あとはパンツ一緒ぐらいかな」
スタッフ 「パンツ一緒なんすか?」
香川 「試合の日はね」
スタッフ 「え、どんなパンツなんですか?」
香川 「えーピンクかなー」
スタッフ 笑
香川 「なんかねー試合の日はね気合の入ったパンツ穿きたいんです、なんか笑」


2010年12月11日 ボルシア・ドルトムントVSブレーメン
(試合前のスタジアム周辺、香川ユニフォームのサポーターも)
だが、出る杭は打たれるのが勝負の世界。
相手チームのマークは日増しに激しくなっていった。
足元へのタックルをいったいどれだけ受けただろう。
そんな中でも、8万大観衆を熱狂させた鮮やかなボレーシュート。
ボルシア・ドルトムント 2-0 ブレーメン

日本代表のチームメイトがその活躍を見届けていた。
(試合後 ドルトムントユニフォームの槙野とともに。香川さんはBVBベンチコート)
香川 「お疲れ様です」
スタッフ 「お疲れ様です」
香川 「いやぁ最高に気持ちいいですね、やっぱ。ホームでの試合は。はい」
スタッフ 「だけどほらこの前の試合調子悪かった、見てたけど」
香川 「……はい」
スタッフ 「あ、なんか…あれ?
槙野 「触れられへんの?」
一同 笑
海外移籍を見据え視察に訪れていたDFの槙野智章。
槙野 「香川ですよー違う違う」

槙野 「情熱大陸かぁ…」
槙野 「いやもう頼もしいっすよね、なんか顔つきとかもう何年か前と全然違うし」
香川 照れ
スタッフ 「違いますよ、はい」
香川 「それは…(ここ聞き取れなかった)」
槙野 「持ってるやつは持ってるからね」
香川 「いやいや、持たしてくれたんよ。あなたが」
――1989年 神戸生まれ
(赤ちゃんの頃お風呂に入っている写真)
平成元年、神戸の生まれ。
(神戸マリノ時代の写真)
5歳の時、Jリーグの開幕を目にし虜になった。
プロを夢見てボールをける毎日。
(日本代表初キャップの時の写真)
16歳でセレッソ大阪とプロ契約を交わし、19歳で初代表。
(ドルトムントの練習場で片づけをする香川さん)
順調に見えるサッカー人生を支えているのは、人知れぬ汗と苦労に他ならない。


2010年9月19日 ボルシア・ドルトムントVSシャルケ04
移籍から2か月、ドイツで最も注目を集めるとされる強豪シャルケとのダービーマッチ。
トップ下で先発。
首脳陣へアピールしたい香川は序盤から果敢にゴールを狙う。
そして前半20分
(香川真司のゴール)
敵陣を切り裂いた高速ターン、得意のプレーがゴールを生んだ。
さらに後半13分
(香川真司の2点目)
伝統の1戦で2ゴール。
何よりもわかりやすい結果で香川は居場所をつかむ。
ボルシア・ドルトムント 3-1 シャルケ04


2010年12月/ドイツ・ドルトムント
(雪の積もった街を歩く香川さん)
秋を駆け抜け、冬を迎えた。
香川 「おわっ…風がつよっ…」
スタッフ 「街中は大体覚えたんですか?」
香川 「ある程度覚えましたね」
スタッフ 「ある程度」
香川 「はい」

(FUKUOKAへと入っていく香川さん。ってこれ見返してびっくり…私あの席座ってたー!!!焦 うわうわうわ)
香川 「こんにちは」
馴染みになった日本食レストラン。
週に3日は通っている。
(日本を強調した格好のドイツ人店員さんを見て笑う香川さん)
お気に入りは天ぷらうどんと寿司のセット。
(うどんをすする香川さん)
食べたい時に食べたいものを。それが栄養哲学。(※怪我前です。怪我後は栄養管理もしています)
(ドルトムントのスタジアム、プレスゾーンにて)
取材の記念にとユニフォームにサインを書いてくれた。
香川 「情熱大陸さんへでいいですか?」
スタッフ 「入れてもらって…」
香川 「じゃあ上に情熱大陸さんへ」
(サインを書く香川さんの手が止まる)
香川 「…あの、情熱の熱って…ちょ待って俺ほんま漢字が… ちょっと熱書けないとかダメですよそんなの放送しちゃ。ちょっと淳平さん、熱お願いします」
(淳平さんに書いてもらう)
香川 「ダンケシェン!」(どや顔)
香川 「やっぱ合ってる合ってる。一応修辞習ってたんで」
(熱の字を書く香川さん)

(駐車場で車に乗り込む→車を出そうとする)
次第に見えてきた、どこか無防備な天然キャラ。
香川 「狭いからね。 行かなーい。ガリガリいった今?」
スタッフ 「ガリガリいってたよ」
(何かに衝突)
香川 「あー!!」
スタッフ 笑
香川 「え、どうなってるどうなってる今!?」
スタッフ 「絶対ガリガリになりましたね今」
香川 「うそぉ!?」
スタッフ 「ほんま 笑」

(外へ出て駐車。香川さん車を降りてきて様子を見る)
香川 「どれどれどれ?」
駐車場の縁石に車の底をこすってしまった。
香川 「まぁええわ。 さむっ…」
スタッフ 「あんま動揺しないんですね?」
香川 「え?もうしょうがないっす」
スタッフ 笑

(再び車内)
何かを起こす、起こしてしまうタイプ。
香川 「……どうしよう…」
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